爆破テロが頻発する タイ深南部ヤラー県の市街地を歩いてみた

爆破テロが頻発する ヤラー県の市街地を歩いてみた

爆破テロが頻発するタイ深南部ヤラー県。
タイが好きで何十回と訪タイしている方でも、この県へ訪れたことがある方は極めて少ないでしょう。
外務省の海外安全ホームページではヤラー県を含めたタイ深南部(パッタニー県、ナラティワート県、ソンクラー県の一部)を危険度3に指定し渡航中止勧告を発令。旅行者の渡航を勧めていません。
 
 
タイ深南部と呼ばれる3県は仏教国のタイでありながら住民約190万人の9割をイスラム教徒が占めている地域です。
これほどイスラム教徒が多いのは、3県と隣接するソンクラー県、マレーシアのクランタン州、トレンガヌ州を加えた地域が、14世紀後半にイスラム化した「パタニー王国」として成立したいたことに起因します。
当時はマレーシアであったこの地域は、1909年に英領のマレーシアとの間で国境線が引かれた際、一部がタイに組み込まれました。
 
 
イスラム教徒が9割にも及ぶこの地域が仏教国タイに組み込まれ、1940年に政権をとったプレーク・ピブーンソンクラーム(ピブーン)によるナショナリズム高揚政策で、言語や文化、歴史を否定され、イスラム系の住民がタイ政府へ反発。
分離・独立運動が始まり、武力闘争に入ったことが、現在でも勃発している爆破テロに繋がっています。
 
 
「微笑みの国」と呼ばれるタイ王国で、爆破テロが頻発している地域がある。しかも仏教国でありながらイスラム教徒が9割を超えているという。
私が知らない「タイ」が、深南部にある。
そんな未知なる「タイ」をこの目で見てみたい。
私が抱く深南部への想いは「渡航中止勧告」や「死の危険」を凌駕し、バンコク発ハジャイ行きノックエアーDD7102に搭乗。ハジャイ空港から陸路でベートン群へ向かい、ヤラー県の市街地へと立ったのは2019年10月5日の朝でした。
 

Agodaが扱うヤラー市街地のホテルはかなり少ない

 
私がまず訪れたベートンについては「激旨!タイ食堂」で執筆しています。詳しくはそちらをご覧いただくとして、ベートンもヤラー県内の群ではありますが、マレーシアとの国境に近い山中の街ですので爆破テロが起こることもなく、いたって平和で小さな街でございます。
このベートンからヤラー市街地までは車でおよそ2時間。道中、肩からライフルを下げたアーミーたちによる検問箇所がいくつかあり、ヤラー県で起こっているテロが我が身のこととして現実味を帯びてきました。
 
ヤラー市街地での宿泊先はAgodaなど予約サイトで探すこともできますが、扱っている軒数が驚くほど少ない。したがって私は、Googleマップで見つけたホテルに直接連絡を入れ、ブッキングした次第です。
Agodaほどの予約サイトであっても扱っているホテルが少ないのは、外国人旅行者が極めて少ないことが要因なのでしょう。
実際、私がヤラー市街地に滞在中、欧米人を見かけたことは皆無。街中を歩きながら動画を撮影していると、日本人そのものが珍しいのか、地元の方たちから浴びる視線が熱いのなんの。
有名人にでもなったような錯覚を覚えるほどです。
 

市街地のいたるところに建てられているコンクリート製の円柱の意味とは…

 
ヤラー市街地を歩いていると、歩道と車道の間に設けられたコンクリート製の円柱がいくつもあり必ず目に止まります。カラフルに彩られたり、イラストが描かれたものばかりなので足を止めて見入ってしまうのですが、この円柱は爆破テロで発生する爆風から店舗などを守ることを目的として設けられているものです。
ヤラー県で起こる爆破テロでは、車道に駐車した車に爆弾を仕掛けることが多々あるためこの策がとられているようですが、街の景観を変えてまで円柱を設置しなければならないほど、爆破テロによる被害が深刻化しているのが理解していただけるでしょう。
この円柱にイラストが描かれているのは、街並みが殺風景にならないようにと市民などがボランティアとして活動した成果です。
この円柱はタイ語でバンカー(บังเกอร์)と呼ばれています。

 
 
 
 
 

ヤラー県で最大のモスク『ヤラー中央モスク(YALA PROVINCIAL CENTRAL MOSQUE)』

 
ムスリムが9割を占めるヤラー県だけに、市街地の中心部に建つモスク『ヤラー中央モスク(YALA PROVINCIAL CENTRAL MOSQUE)』は、バンコクで見るどのモスクよりも立派で壮観。
バンコクに住んでいるとモスクに訪れる機会など皆無に等しいため、威厳をも感じさせるモスクの外観をしばし眺めておりましたら、ムスリムの中年男性が私に話しかけてきました。
 
「ここは改装されて50年以上になるかな。完成したのはもっと前だけどね」
 
この男性もしかり、ムスリムの方々は1日に5回、このモスクへ足を運び礼拝をするといいます。
 

ヤラー中央モスク(YALA PROVINCIAL CENTRAL MOSQUE)

 
 
 

国鉄ヤラー駅から行けるタイ南部の名刹『ワット チャーン ハイ ラートブラナラーム/วัดช้างให้ราษฎร์บูรณาราม』

 
街の中心部に建つ国鉄ヤラー駅。バンコクからも乗り換えを挟めばこの駅まで来れるようです。私はこの駅から列車に乗り、3、4駅ほど離れたワットチャンハイ(WAT CHANG HAI)駅まで向かいました。
ここはヤラー県ではなく隣接するパッタニー県になっているのですが、タイ南部の名刹ワットチャーンハイ ラートブラナラーム(วัดช้างให้ราษฎร์บูรณาราม)、通称ワット チャーン ハイが建っています。
詳しくはパッタニー県の記事で紹介しますが、高僧としてタイ人に崇められているルアンプートゥワット(หลวงปู่ทวด)。彼が奉られていることもあり、タイ人からの信奉があつく礼拝に訪れる人が多いといいます。
 
 
 
 
 

2020年6月にヤラー県ベートン空港が開港予定

 
バンコクからヤラー県までのアクセスはいくつかありますが、もっとも楽チンなのがナラティワート空港まで行って、そこからバンやバスなどで向かう方法です。
そのほかおすすめなのが、2020年6月に開港予定のベートン空港からのアクセス。マレーシア人旅行者に人気のベートンを満喫してからヤラー市街地へ向かうという豪華コンボ。
しかしタイのことなので空港建設は確実に遅れ、2020年6月に開港していないことはほぼ間違いないでしょう。
 
 

タイ深南部ヤラー県 複雑な事情を抱えながら

 
冒頭で軽くタイ深南部について書きましたが、複雑な歴史をたどっている地域だけに、長年のテロ活動は止むことなく永続しています。
とはいえテロ活動に関わっているのはほんの一部。私は今回の取材に関わった方たちは温和で、私のような外国人に対し親切に接してくれました。
年々、爆破テロの件数は減ってきてはいますが、外務省が危険度を下げることはあと数年、いや10年近くないのかもしれません。
 
ヤラー市街地を歩いていると、市民が話すのはタイ語だけではなくマレー語も聞こえてきます。
彼らは小学校や中学校でタイ語を「母国語」として学びますが、土曜日や日曜日になるとイスラム教を学ぶためマレー語を学習しなければならないそうです。
街角に建てられている道路標識にはタイ語のほか英語、マレー語、そして華僑に向けた中国語も併記されています。
 
 
100年ほど前まではムスリム単一の地域だったところに、タイの文化や教育、文化が組み込まれ、華僑も住み始めた。
この道路標識一つからも、タイ深南部が持つ特有の事情が見え隠れしています。
 
私はヤラー県を経った後、タイ深南部の一県であるパッタニー県にも立ち寄ったので、次回はこの県についても執筆する予定です。
 

ヤラー県市街地をYouTubeでも紹介しています

私のYouTubeチャンネルでも、ヤラー県市街地を取り上げました。文字だけでは伝わらない市街地の様子や、本記事では紹介していない食の情報なども盛り込んでいます。
 
 

 

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西尾康晴(Yasuharu Nishio)1974年生まれ大阪府出身。大阪と東京で雑誌編集者として勤務し、2011年にタイへ移住。バンコクで月刊誌の編集長を経て2017年4月にタイ国内旅行会社TRIPULL(THAILAND)Co.,Ltd.を立ち上げる。TRIPULLのほか、バンコク発タイ料理グルメ情報サイト「激旨!タイ食堂」を運営。 Twitter:nishioyasuharu

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