暗黒の魔都、中華街ヤワラート。そんなイメージも今は昔、女子旅のグループを乗せたトゥクトゥクが色とりどりの看板をすり抜け、中国建築風スタバに到着!なんてキラキラした光景も当たり前となった今日この頃。
といってもそれもメインストリート付近に限った話で、ひとたび路地裏に入れば漢方薬の強烈スメル、中華廟に立ちこめる線香の煙、軒先にぶら下がる朱色の提灯、ボーっと往来を眺める上半身裸のおやじ、その足元はゴミだらけ……といった整理整頓してない中華街=この街を支える中華系タイ人の生活がトグロを巻いている。
創業80年を超えるヤワラートのサパーカフェたち
そんなリアルを煮詰めた存在の一つに「サパーガフェー(สภากาแฟ)」がある。ガフェーは文字通り「カフェ」(合わせると「井戸端会議」という意味のタイ語)だが、ふわふわパンケーキや青いラテから遥か極北のカフェなのは言うまでもない。有名どころは『益生(イヤセー)』、『安楽園(オンロックユン)』あたりで、両者ともに創業80年オーバー。年月の重みが醸す空気で店内はひんやり薄暗く、ゆっくり回る天井扇の下、薄い中国茶を傍らにおしゃべりに興じる爺さんで今日もいっぱいだ。シグネチャーメニューは古式コーヒーと炭火で焼くトースト。もとの味はどうあれ老舗マジックでめっちゃ美味しく思えてくるから不思議なもの。トイレは北斗の拳の世界ならキレイな方って感じなので、行く人は心してかかろう。
「毎日毎日、同じ場所に同じ人が集まってるんだよ。家にいても誰も相手にしてくれないけど、ここに来れば似た境遇の仲間がいて淋しくないから」と身もフタもない解説を加えるのは、ヤワラート出身のタイ人。しばらく姿を見せなければ「あいつ、死んだんじゃね?」と安否が気遣われるなど、家族的なつながりも濃厚なんだとか。仮にそうでも仏具屋や棺桶屋に困らないヤワラートなら話も早そうだ。
こうした地域の集会所でもあるガフェーは、爺さんたちが看板娘(熟女)に軽口たたいたり、ちょっかい出してシバかれてたりと、昼キャバっぽさは若干あるものの、見たところ健全である。では、あまり健全じゃないリタイア組はどこで油売ってるのかというと…。
『オールド サイアム』3階のフードコートに…
銃とタイ菓子で有名な商業施設、『オールド サイアム プラザ』。近接するバンコク最古のデパート、『ナイチンゲール オリンピック』から漂う妖気にヤラれながらも、レトロな風格ならこちらも決して負けていない。まずは3階にある年代物のフードコート、その一角を占めるやたらムーディなカラオケステージを見てみよう。
生ピアノの伴奏でタイ演歌・ルークトゥンを熱唱する人、ウィスキーグラスを傾ける人、その辺に転がっていた箸で指揮を始める者や、それに合わせてノリノリで調理する店員、しまいには伝統舞踊をおっぱじめるマダムまで現れ、昼からカオス極まりないが、いちおうフードコートなので黙々とガパオをかきこむ人もいて、仮に一見客であろうと無問題。コーラの一杯でも買って座れば、この狂宴の仲間入りだ。
ひときわ目をひくのは、皆からアージャーン(先生)と呼ばれるピシッとした背筋の紳士。一人ひとり丁寧に歌唱レッスンして回り、社交ダンスも軽やかにこなすイケ爺は、スリン・ヘンさん御年78歳。古くからこの地に暮らす中華系タイ人で、歌手養成学校の講師をしつつ、週3回このフードコートでも指導にあたっているそう。今でこそ好々爺っぽいが、芸能界、それも夜の世界を知り尽くしたオーラが凄い。もちろんマダムたちにもモテモテだ。スリン先生メソッドの歌唱法を極めたい方は、ぜひ突撃してみてほしい。
2階にはカラオケ喫茶がずらり!
ガンガン歌いまくり、飲み、飯を食らい、そのまま女も口説く。そんな男らしさも全開なスポットが、建物2階の端にひっそり連なっている。店はどこも似たりよったりな狭さで、プラスチック椅子、壁に神棚、電飾がギラつくステージあたりが標準装備のご様子。常連客とスケ衣装のお姉さんがデュエットする姿は場末のスナックまんまだが、真っ昼間からギンギンに営業してるのが中華スタイルらしい。
適当な一軒をのぞいてみると、やさぐれた風貌のおやじが歌うその脇で、寡黙な爺さんが中国将棋を差しながらビールをラッパ飲みにグビリ。渋い、渋すぎる。西部劇の酒場にも似たこのヒリヒリ感。アウェーを承知でエイっと入ってみれば、迷い込んできた謎の外国人にも皆やさしく、歌うか?なんか食べるか?と世話焼きモードに。気になるメニューもLEOビール大瓶80バーツ、ヤムウンセン100バーツと、リタイア世代の財布を直撃しない価格設定だ。コーヒーは20バーツ、その場でインスタントにお湯をドジャーッ。う~ん、豪快。そして居心地サイコー。
いつかこのカラオケ喫茶でアイドルに……
お代は一曲たったの10バーツ。四隅に置かれたBOSEのスピーカーが無駄に豪華っぽいのに、曲はお姉さんにタイトルを告げて手動で打ち込んでもらういにしえのシステムだった。コワモテおやじらは思いのほか美声な上、毎日来ているだけあってほんとうに巧い。お前も歌えよ!と誘ってくれるのはありがたいが、なにしろ音痴なのである。自覚もあるからカラオケは苦手だし、あまり行かない。ちなみに、音痴であればあるほど外国語の習得は困難との説もあり、タイ語がおぼつかないのも、タイ人に毎度「ヴァーッ!?」と聞き返されてばかりなのも、全て音痴のせいにしている。
それでも歌えコールは止まず、よっしゃ、一曲いっとくか!と決死の覚悟で開いたリストは、大半がタイ語の曲で占められていた。うっ、歌えねえええ。かろうじて「昴」らしき歌はあったが、実はサビしか知らないので却下。ジム・オルークが「矢切の渡し」を情感たっぷりに歌えるのがいかに凄いことかを思い知らされつつ、こってり濃厚な大人の社交場を後にした。
「帰ってママのミルクでも飲んでな」
――もちろん幻聴だが、確かにそう聞こえた。タイ語のカラオケを一曲でもマスターするまで再訪できない。そう決意し、あれからYouTubeでルークトゥンを漁っている。あそこで場末のアイドルとして輝く日を夢見て……。